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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)18号 判決 1962年4月30日

控訴人 多谷義応

<外七名>

右八名訴訟代理人弁護士 山本登

被控訴人 田中佐太郎

右訴訟代理人弁護士 平野登

主文

原判決のうち控訴人等の勝訴部分を除く部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

被控訴人が昭和二一年六月一日控訴人多谷義応、井出秋市、亡上田侃二に対し被控訴人所有の原判決添付目録記載の土地(以下本件土地という。)を建物所有の目的で賃料月額七三円三三銭、毎月末日翌月分持参・連帯支払、賃貸期間二〇年と定めて賃貸したこと、権利金九〇〇〇円の授受が行われたこと、侃二が昭和二二年七月二三日死亡しその妻の控訴人上田小千代、その子の控訴人上田美佐子、上田貞子、上田三千子、上田洋子、上田広子がその相続をしたこと、右賃料は後日改訂され最後に月額四五〇〇円と定められたこと、侃二、控訴人等が本件土地のうちその約三分の一にあたる約一〇〇坪上にあるその共有建物九戸を売り渡し、その取得者等にその各敷地である右約一〇〇坪(以下本件転貸部分という。)をそれぞれ転貸したことは当事者間に争がない。

右転貸を被控訴人が承諾したかどうかについて考えてみる。控訴人等は侃二、控訴人多谷、井出は当初前示のように権利金九〇〇〇円を被控訴人に支払つており、あらかじめ被控訴人より転貸の承諾を受けたものであると主張し、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によつてその成立の認められる甲第三号証≪省略≫によると、前示のように権利金九〇〇〇円が授受されたのは昭和二一年一二月一日であることが認められるけれども、原審証人島田辰五郎の証言≪省略≫によると、昭和二一年頃の本件の土地の価額は、坪当り一五〇円から二〇〇円までであつたが、右権利金九〇〇〇円は、被控訴人が島田辰五郎の意見を徴し坪当り約三〇円(時価の一割五分から二割までにあたる。)として定めたものであり、それは本件土地三二一坪六合の、地代家賃統制令六条の規定による認可統制額をこえない前示賃料月額七三円三三銭を低額にすぎるものとして、それをくぐる目的をもつて、本件土地使用の対価として授受されたものであつて、侃二等が後日本件土地を転貸することを被控訴人の方であらかじめ承諾し、その対価として授受されたものでないことが認められる。前示控訴人多谷義応、原審及び当審における控訴人井出秋市、原審における控訴人上田小千代各本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。控訴人等の右主張は採用できない。

控訴人等は、侃二や控訴人等が本件転貸部分をそれぞれ転貸した後、増額された賃料を受け取るなどしており、転貸について黙示の承諾をしたと主張し、前示甲第三号証、当審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件土地の当初の前示賃料月額七三円三三銭は、昭和二四年四月一日月額六八一円(円未満切捨)、昭和二七年一二月一日(本件土地三二一坪六合は昭和二四年七月二〇日仮換地処分によつて二五二坪三合八勺に減坪された。)月額二八五一円(円未満切捨)、昭和二九年四月一日月額四五〇〇円(この額は当事者間に争がない。)に順次増額され、被控訴人は控訴人等より同月分から昭和三二年六月分まで月額四五〇〇円の割合による賃料を受領したのであるが、同年秋頃たまたま前示九戸の建物賃借人等がそれぞれその建物を侃二、控訴人等から(後記認定のように、侃二死亡前は、侃二、控訴人多谷、井出から内二戸を、その死後は控訴人等から残七戸を)買い受け、その敷地の転借部分を転借していることを知り、同年七月分以後控訴人等から賃料を受領することを拒絶していることが認められる(控訴人等が同月分から昭和三三年四月分までの賃料計四万五〇〇〇円を弁済供託したことは当事者間に争がない。)。すると、被控訴人は転貸を暗黙のうちにも承認していないものというべきである。控訴人等の右主張は採用できない。

控訴人等は、右転貸をもつて被控訴人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があると主張するので考えてみる。

原審証人森岡正一≪省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は、昭和二一年一二月頃まで本件土地を自家菜園として利用していたのであるが、いずれも酒類販売業を営んでいた控訴人多谷、井出と亡上田侃二とは、共同して本件土地三二一坪六合上に建物を建てて賃貸し賃料を取得しようと計画し、被控訴人にその旨告げて、前示のように昭和二一年六月一日被控訴人との間に被控訴人から本件土地を賃借する旨契約し、同年一二月中その約三分の一にあたる約一〇〇坪すなわち本件転貸部分上に居宅九戸各建坪約一〇坪の棟上をし、昭和二二年一月から五月頃までの間にこれを完成し、森岡正一ほか八名にこれを賃貸したのであるが、侃二が間もなく病臥するようになつてその後建物を本件土地のうち残余の約二二〇坪上に建てず、侃二の生活費等に充てるため、さらに同年七月二三日侃二死亡後相続人の控訴人上田小千代、上田美佐子、上田貞子、三千子、洋子、広子の生活費あるいは同美佐子の病気治療費等に充てるため、又前示権利金九〇〇〇円を回収するため、侃二、控訴人等は、侃二生前の昭二二年中右建物九戸のうち二戸、その死後昭和二三年中その六戸をそれぞれ建物賃借人に売り渡し、昭和二九年中最後の一戸を他に売り渡し、各敷地を建物の買主に転貸し同年以後本件転貸部分の賃料月額計四五三〇円を徴したうえそのうち四五〇〇円を前示のように昭和三二年六月分までの本件土地の賃料に充てていた。控訴人等は本件土地のうちその約三分の二にあたる、本件転貸部分を除く部分約二二〇坪(昭和二四年七月二〇日前示のように仮換地処分によつて本件土地は二五三坪三合八勺に減坪されたので、右残余の部分((以下本件空地部分という。))が約一五〇坪となつたことは計算上明白である。)を利用せず、これによつて収益を得ていない。昭和三〇年一二月頃近畿電気工事株式会社灘営業所は控訴人多谷、井出、上田小千代に対し本件空地部分の賃借権を売り渡すよう申し入れた。そこで控訴人多谷、井出は、被控訴人に対し同営業所の申出を告げ、賃借権譲渡について承諾を受けたい旨申し入れたが、権利金の分配額について双方の意見が一致せず、その承諾を得ることができなかつた。そして控訴人等は、右賃借権を同会社に譲渡しなかつた。最近、双方ともそれぞれ本件空地部分上にアパートを建築することを企図しており、被控訴人は昭和三二年秋前示のように転貸の事実を知つてから今日まで転借人等に対し九戸の建物の収去と転貸部分の明渡とを要求していない。

以上の事実が認められる。当審における被控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前示証拠と比べて信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

前示認定によると、(1)本件転貸部分は、本件土地三二一坪六合(ただし、昭和二四年七月二〇日仮換地処分以前の使用し得べき面積)の約三分の一であること、(2)転貸以前と以後とで(当初の昭和二二年中の転貸の時から記録上明白な本訴提起の日の昭和三三年二月二〇日まで一〇年余の間)使用状況に変化がないこと(もつとも、本件転貸部分について、控訴人等のそれに対する直接占有が転貸以後間接占有に変つているけれども、賃料は順次増額されつつ遅滞なく、転借人から控訴人等に支払われた賃料が、月額三〇円を除き、そのまま被控訴人に支払われており、又本件土地の経済的、物理的毀損に影響があつた((最高裁判所昭和三一年一二月二〇日判決民集一〇巻一二号一五八三ページ一一、一二行目参照))ことは、前示一〇年余の間認められない。)、(3)賃借人たる控訴人等としては、本件土地をもつぱら収益を得る目的で、その旨被控訴人に告げて、賃借したものであつて、みずから居住の用に供する目的で賃借したものでないこと、(4)侃二、控訴人多谷、井出は、昭和二一年中当時としては大金ともいうべき権利金九〇〇〇円を被控訴人に支払つていること、(5)控訴人等は、本件空地部分を占有しているがこれによつて収益を得ておらず、転貸によつて中間利益を得ていないこと(もつとも、月額三〇円の中間利益を得ているけれども、とりたてていうほどの額ではない。)、(6)本件賃貸借の対象が建物でなく土地であり、殊に侃二や控訴人等が転貸したのは本件土地のうち建物敷地部分であつて物理的毀損のおそれがないこと、(7)侃二や控訴人等がそれぞれ転貸するようになつたのは、侃二や控訴人等が投下資本たる前示権利金九〇〇〇円を回収し、かつ侃二、控訴人上田小千代等の生計費等を得るため前示九戸の建物を売却したことに伴うものであつて、それは緊急事態に対処するためやむを得なかつたものというべく、侃二、控訴人等は積極的に双方間の信頼関係を破壊する害意を有していなかつたこと、(8)被控訴人は、転借人等に対し建物の収去を求める意図を有しない以上、みずからその敷地部分(転貸部分)を使用する意図を有しないものというべく、しかも(5)のように転貸部分の賃料は、月額三〇円を除き全部被控訴人に支払われているのであつて、被控訴人は転貸によつて自己の経済的利益を害されるものでないことが認められる。

思うに賃貸借における信頼関係は、賃借人についていうならば、その保管義務(民法四〇〇条、六一六条・五九四条、なお六〇六条二項、六一五条)、賃貸借終了の場合の返還義務(同法六一六条・五九八条)、賃料支払義務をその基礎とするものであつて、それは主として経済的信用関係であり、賃借人の交替は、賃貸人に経済的・物理的損害を与えあるいは与えるおそれがないものと認められる限り、賃貸人に対する背信とはならず、賃貸借における信頼関係を破壊するものということはできない。これを本件について考えてみるに、前示(1)から(8)までの事実が認められる以上、侃二や控訴人等の前示転貸行為をもつて被控訴人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものといわなければならない(最高裁判所昭和二五年(オ)第一四〇号昭和二八年九月二五日判決民集七巻九七九ページ、昭和二八年(オ)第一一四六号昭和三〇年九月二二日判決民集九巻一二九四ページ、昭和二九年(オ)第五二一号昭和三一年五月八日判決民集一〇巻四七五ページ、昭和三二年(オ)第一〇八七号昭和三六年四月二八日判決民集一五巻一二一一ページ参照)。なお転貸後の事情をも転貸当時における背信性有無の判断の資料とすることは許されるものと解する。したがつて、被控訴人が昭和三三年三月一五日控訴人等に対し訴状送達をもつて本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかであるけれども、その効力はないものといわねばならない。

すると、本件賃貸借が解約によつて終了したことを前提とする被控訴人の土地明渡請求及び損害金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。

被控訴人の延滞賃料請求について判断するに、前示のように被控訴人は昭和三二年七月分以後の月額四五〇〇円の割合による賃料の受領を拒絶したので、控訴人等は同年七月一日から昭和三三年二月末日までの月額四五〇〇円の割合による賃料債務計三万六〇〇〇円について弁済供託をしたものである。すると右延滞賃料債務三万六〇〇〇円は消滅したものというべきである。被控訴人の延滞賃料請求も理由がないというほかはない。

そうすると、被控訴人の本訴請求は、いずれも棄却すべきであつて、これと異る原判決中控訴人等の勝訴部分を除く部分は失当であり、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)

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